大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和40年(手ワ)98号 判決 1965年10月25日

理由

一、先づ、本件手形が振出された経過につき考察するに、《証拠》によれば、次の事実を認めることができる。

(1)  訴外田合又一は、本件手形振出当時、被告組合の参事としての地位にあつたものであるが、被告組合が扱つていた木炭を、被告組合の職員で販売部の木炭主任の訴外熊本と二人の責任で、数年前から訴外武岡に売却していたところ、昭和三七年の七、八月頃、訴外武岡が倒産するに至り、被告組合が訴外武岡に対し売却した木炭の代金二九〇万円の回収が困難となつた。

(2)  そこで、訴外田合に、訴外熊本、同武岡等と善後策につき相談した結果、被告組合の金員を組合長名義で訴外熊本に貸与し、訴外熊本はこれを自己名義で銀行に預金してこれを担保に銀行から水増貸付を受け、該金員を右代金に充当して被告組合の欠損を補填することになり、被告組合の奈良信用組合連合会への定期預金証書を担保にして、被告組合に無断で金五〇〇万円を借り受け、これを被告組合の前組合長名義で訴外熊本に貸与した形式をとり、訴外熊本名義で三重銀行伊勢支店に定期預金として預け入れたが、所期の如き、水増貸付を受けることができなかつた。

(3)  そのうち、昭和三八年六月一日、被告組合の新組合長に訴外野口勘一郎が選任されたが、訴外田合等は、前組合長から前記欠損は同人等において責任をもつて処理するように言われたので、新組合長に右欠損のことは話さず、今度は被告組合長が町村長に貸付けるという形式で、前記金五〇〇万円を訴外熊本名義で名古屋市内の銀行へ預け入れ、前同様水増貸付を得ようとした。そして、訴外武岡の知人である訴外阪本所有の不動産をも担保に差入れるということだつたので、金五〇〇万円を訴外武岡に渡したところ、同人はこれを訴外阪本名義で預金してしまい、さらに、その後前同様の方法で調達した金員二〇〇万円も、武岡が阪本名義で預金したため、合計金七〇〇万円を不法にも阪本に領得される結果となつた。

(4)  ここにおいて、訴外田合等は、前示木炭代金二九〇万円はさておき、右金七〇〇万円の穴埋に追われることとなつたので、訴外熊本、同武岡の両名と相談し、訴外田合が当時被告組合の参事の役職にあつて被告組合の印鑑及び組合長の実印を保管しているのを奇貨とし、被告組合名義の手形を振出して割引き、これを当時金融業を営んでいた訴外武岡に利用させ、右金七〇〇万円の利殖を計ろうという考えの下に、右三人共謀で、被告組合のゴム印及び組合長の実印を用いて本件手形を作成振出したものである。

二、そこで、次に被告の偽造の抗弁につき考察する。

農業協同組合法第四二条第三項によれば、組合の参事は組合に代つてその事業に関する一切の裁判上または裁判外の行為をなす権限を有するのであるから、右の参事は、当該組合の権利能力の範囲内において組合に代つて一切の行為をなし得ることになる。ところで、農業協同組合の権利能力も、法律及び定款所定の目的により制限を受けると解するのが相当であるが、手形行為については、それが被告組合の目的の範囲内に属するかどうかは、右手形行為自体を基準として決すべきであり、その原因関係をも含めて判断すべきではない。被告組合の如く非営利法人については、手形行為がその目的の範囲内に属するかどうかは、その原因関係をも含めて判断すべきであるとの考え方もあるが、手形行為が一般に金銭取引の通常の手段として利用されることを思えば、手形取引の安全が特に重視されなければならず、この点において、営利法人の手形行為と非営利法人との手形行為とを区別すべき合理的な理由を見出し難い。

しかして、農業協同組合法第一〇条第一項と証人田合又一の証言によれば、被告組合は、その活動のため金銭取引を営んでいるものであることが認められるので、その手段たる手形行為も、当然に被告組合の目的の範囲内に属するものと言うべきである。従つて、訴外田合は、被告組合の参事として、組合長に代つて被告組合名義の手形を振出す権限を有したものであるから、これを自己の肩書である参事名義で振出さず、直接理事長名義で振出しても、その権限内の行為であつたと解すべきである。もつとも、前記認定の本件手形振出の経緯によれば、本件手形振出行為の原因関係は到底被告組合の目的の範囲内に属するとは言えないこと被告主張のとおりであるが、かかる事由は訴外田合の権限乱用の行為として、これを知つて本件手形を取得した所持人に対しては、被告組合として一般の悪意の抗弁または権利の乱用をもつて対抗し得ると考うべきであるが、この点に関する特段の主張立証もないから、採用の限りではない。

右の理由によつて、訴外田合の本件手形振出行為は、全く組合を代表する権限なき者が、組合長名義で被告組合の手形を振出した場合とは、その性質が異ること明らかであるから、被告の偽造の抗弁はとうてい採用できない。

三、しかして、振出部分については以上の認定によつて成立が認められ、裏書部分については証人田合又一、同伊藤幸雄の各証言によつて成立が認められ、又符箋部分について成立に争いのない甲第一号証によつて是認でき、これらの事実と同号証が原告から当裁判所に提出された事情から考えれば、原告の請求原因事実はすべてこれを認めることができ、他に右認定に反する証拠はない。もつとも、本件手形の裏書欄には、被告主張のように、第一裏書の被裏書人は「中日商事株式会社」とあり、第二裏書の裏書人は「中日本商事株式会社」とあるので、この間において裏書の連続がないように見えるが、弁論の全趣旨によれば、右「中日商事株式会社」は「中日本商事株式会社」の誤記であることを肯認し得べく(証人伊藤幸雄の証言によつても右のとおりであることが認められる)、もとより裏書の連続を欠くものではないから、この点に関する被告の主張は採用することができず、他に原告が本件手形の正当な所持人でないと認むべくなんらの証拠もない。

なお、被告の権限踰越の仮定抗弁については、訴外田合の本件手形振出行為が被告組合の参事としての権限内の行為でありその権限を踰越したものではないこと前記認定のとおりであるから、被告の右主張も理由がなく採用することができない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例